教育を考えるというのは理想の未来を考えるということ

どんな教育が必要かって考えてみる。

教育の結果というのは、未来の社会であったり、未来の世の中なわけで

理想の教育を考えるということは、どんな未来を作りたいか、ってことを考えることだと思う。

もちろん時代の変化を予測することも大切かもしれない。でも俺が常々思うのは、この子たちは適応するんじゃなくて、創造していくんじゃないのかな、ということ。

「どう適応するか?」という問いは最初から色んな限定を孕んでいる。

もちろん前提になっている状態を作る必要はある。でも適応することが目的じゃなくて、あくまでこんな世界になったらハッピーだな、と思うものをみんなで作っていくことが目的なんじゃないかと思う。

適応するのでなく、創り出す。「創り出せるんだ」という気概とそのチカラを身につけることが必要なんじゃないかな。ビジョンに目を向ける。

そして、それは大人が先に見せてあげるのが一番早いのだと思う。俺たちがまずビジョンからスタートする。

子どもが大人を見て真似をするという力たるや、半端じゃないものがある。

俺はじゃあどんな未来をつくりたいだろ・・・

もっと生産的(形式的な無駄がない)で

みんなが繋がっていて

有機的なコミュニケーションが起きて

アートな部分がたくさん発揮されて

没頭してワクワクして仕事(作品)が作られていって

それぞれがそれぞれの営みに感動するような

互いに素直に感情を表現できるような

自分は、自分でいれて幸せだなあと思えるような

あなたがいてくれてよかったなあと、たくさんの人に対して思えるような

そんな世の中にしたいな。

「そんな世の中にするには、どうしたらいいかな?」

「そしてあなたは、どんな世界だったらいいと思う?」

そういうところから始めたらいいんかな。

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