純度をあげるという

最近は「この人は本物だなぁ」と思う人と会うのがとても楽しくて、幸せだなと思う。俺の中で「本物」とはどういうことかというと「純度高く物事を見れる」ということ。

ありのままをとらえられる人は物事の本質が見えてる気がする。そういう人の話はとてもシンプルで、とても面白い。
そういう人は自分のエゴを満たすことに、もう飽きてしまっている感じがする。あの人がこうだから、とか自分にとってこんなメリットが、とかない。だからその物事だけに集中出来るのではないかと思う。

でもじゃエゴがあっちゃダメなのかというと、別にそんなことない。 承認されたいとか、パワーが欲しい、なんてことはみんなあるし、それでこそ人間、っていう感もある。 俺もそんなことばかり。

今までもそんなことがたくさんあった。 いい人でいたい、かっこよくいたい、尊敬されたい。そんなことのためにいろんなことしてきたなと思う。そんな自分に『君は人生を使って、何がしたいんだね。』と仙人気取りで問いかけたい。 とはいえやっぱりそれが人間だと思う。後悔とかはない。

そして、幸か不幸かこれからもあると思う。俺はなんかエラい人扱いされるのとても気持ちが悪くて、「様づけとかしないでよ」って学生さんにいうのだけど、うちのインターンが俺をあしらってくると、「え、もうちょっと丁重に扱ってよ泣」と思うことがある。でも実際丁重に扱われたら、めんどくさ!と言い出すだろうなと思う。ごめんなさい。面倒なのは私です。

えっと、純度高く物事を見るっていう話。

俺ももっとそういう見方ができるようになりたい。そして自分自身もっと素直に人間らしくいたいと思う。それを妨げているのは自分の恐れ(こう見られたい、見られたくない、という何層にもわたって出てくるやつ)なんだけど、 もっと自然にしていたいし、できれば無理とかしたくない。

「残念ながら、白田直也はこんなんでした」と世間様にも、子どもたちにも、保護者の方にもおっぴろげしたい。

と、思ったけど案外全部バレていて、自分だけが一人芝居をしているのかもしれない。人のことはよくわかるもんだけど、きっと自分も周りから見たらそうなんだろうな。

とにかくもう少し素直に生きていきたいと、思います。

それがきっと自分と、世界の見方の純度をあげるんだと思う。

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