教師に社会人経験は必要か?

(この記事は2014/12/07に書いた記事です。)


「民間企業を経験してから教員になった方がいいですか?」と良く聞かれることがあります。

話題としてそういうことがよく話に上がっているとも思います。 「民間人校長」が非常に分かりやすい例だけど、「教員の世界は狭い。企業を経験した方がいい」というようなトピックは言説として結構多く見る気がします。

結論から言うと、実際にそのキャリアを選んだ自分からすれば「どっちでもいい」というのが回答です。

語弊を恐れず言えば、民間経験があれば良い先生になれるわけじゃない。教師という仕事は、みんなが思っているよりも非常に「職人」の仕事だと思っています。子ども達とのコミュニケーションや場の空気感の作り方など答えは一つもない。その場その場で毎回違って、複合的なものを踏まえての判断が必要です。業務レベルで見れば視野の広さというよりも現場での積み重ねが圧倒的に活きる仕事です。

敢えて例を出すと「民間企業を経験してから教員になった方がいい」というのは、「器づくりの職人さんは、器を作る前にそれを使う料理人の気持ちが分かった方が良い」という感じでしょうか。

使う人の気持ちが分かった方がいい器が作れる。確かにそうかもしれません。でも直接器づくりに必要なのは、素材の選び方や、削る技術、器のデザインを数多く知っていることだったりする。つまりあくまで”職人としての技量”がパフォーマンスに反映している。料理を作ったことがないといい器が作れないか、というとそうではないと思う。むしろ木の選び方に熟達していて、道具の使い方が秀逸で、何個も器を作っているような人はきっと完成度の高い仕事をすると思う。現にそんな職人さんに「あなた料理乗せるもの作ってるけど、料理作ったことあるの?」なんていちゃもんつける人はいないでしょう。

自分の感覚を例にすると、そんな感じ。でも教師は文句を言われる。「社会に出たことも無いやつに社会人育てられんのか」と。

実際問題、それとこれとは話が別なことが多い。教師と言うのはその瞬間瞬間の子どもの成長を支えることが仕事であり、子どもの学校生活を安心安全に成り立たせる仕事であり、その場その場でコミュニケーションを一緒に作りながら答えを見つけていく仕事だったりする。「◯◯がいいんだぞ」と言って価値観を教え込んだり提示することが仕事ではない。それは本当に教師の仕事の一面にしか過ぎないんです。それだったらもっと面白い授業を展開するスキルだったり、子どもとの接し方だったり、どんな教室掲示だと子どもがワクワクするかを知ってる方が良い。少なくとも子どもは嬉しい。これはさっきの職人さんと同じ議論だと思う。

むしろ「俺は社会人経験があるんだぞ!」とかおもうような先生になってしまうようなら、むしろ怖い。そこで自分が経験したことが答えなわけじゃない。いくつもの人生がある内のほんの1つなんだから。大切なのは、自分が何をどう伝えたいかということ。

ちょっと余談だけど、そんなことから考えると「教員にもビジネスの感覚が必要」みたいな議論もそのまま全部その要素を持ち込むのは無理がある。職人さん相手に「そこ3cm彫ればいいんですよね?じゃそれ言語化して共有して再現率高めましょう」なんて誰が聞いてもナンセンス過ぎるでしょう。木によって違うってば。ってなるでしょう。

子どもにもしそうやって接してみたらどうだろう。 こういう子のときはこうする、泣いたら何分以内に処理するのが確率的にはいい。 なんて。そのやりとりの中で育まれるものは一体なんでしょう。笑えるけど、実際似たようなことが起ころうとしているんです。

話が飛躍してきたけど、つまるところ「教師に民間経験が必要か」というと、必要具合でいったら「どっちでもいい」という結論に私はなります。

自分がその道を経験してみたいと思うならすればいい。そこから伝えられることは必ずあると思います。素晴らしいことだと思う。そういう先生に出会って良かったと思う人もいると思います。

でももし、子どもと早く接したいと思ってるなら、わざわざ遠回りする必要はないと思う。その方が良いなんてことはない。どっちがいいかってことじゃなくて、納得感のある人生を送っていれば伝えられることは山ほどあるはず。それが一番大切なように思います。

自分が進みたい道を、進んでいくのが一番いい。

実際に私はそんな風に感じてます。あくまで私見だけど。

おしまい