信じると決めたのには理由がある。

信じることが現実を作り出す。
 
そうであるならば、今自分の経験している現実が、どんなに気に入らなくて、顔をひしゃげるような出来事だとしても、過去のいつかで、それを「信じよう」と決めた私がいて、そう決めたのには理由がある。
 
今は必要なくても、そのときは必要だった。
 
そう思うと、自分が作り出しているどんな現実も、なんだか味わい愛でられる。
 
他人が経験していることにも、同じことが言える気がする。
こちら側からみたら、「なんでそんなことを」と思うようなことでも、
その人がそれを信じて、現実として経験しよう、と思ったのには、何かしら理由がある。
 
そう思ったら、同じように愛でる気持ちが湧いてくる。
そしたらもっと、みんなにも、自分にも、優しくなれるんじゃないかな、と思う。